パラダイムシフトとアハ体験の共通点

パラダイムシフトとアハ体験の共通点

拝啓 Webマーケターの方へ
このブログまで到達していただき、ありがとうございます。こっそり情報収集家の澤田がこの記事をご担当させていただきます。今回も、前回のマグロ激突動画から引き続き「視点を変える」というテーマをパラダイムシフトという単語と共にお話しさせていただきます。

問題です。どちらが正しいのか?


以前ご紹介したことのある書籍「7つの習慣」からの抜粋です。
以下の2者のやりとりを読んでみてください。

視界が悪い悪天候の海のなか、航海中の戦艦の艦長は、見張りから進路前方に灯りを発見したとの報告を受けます。
このまま戦艦が進んでいくと、前方の灯りと衝突の危険があります。

艦長は、信号手に命じます。
「その船に対し、信号を出せ。衝突の危険があるため、二十度進路を変更せよ」と。

相手からの信号が返ってきた。
「そちらの方が二十度進路を変えるよう助言する」

艦長は再び命令した。
「信号を送れ。私は艦長だ。二十度進路を変えるように」

すると、
「こちらは二等水兵だ。そちらの方こそ二十度進路を変えるように命令する」
と返事が返ってきた。

艦長は怒りだし、
「信号を送れ。こちらは戦艦だ。二十度進路を変えろ」

一般的には、なぜ、頑なに二等水兵は拒むのだろうか?と考えてしまいますよね。

パラダイムシフトという考え方


点滅する光から信号が返ってきた。
「こちらは灯台である」

戦艦は進路を変えた。

 

どちらが正しいか?という問いはちょっと語弊があるかもしれません。

本書では、この事例を使って、いつの時代も動かない「物ごとの原則」について解説をしています。
灯台が動きまくったら怖いですよね。

「原則」について、ここで深堀りすると、方向性がガラッと変わってしまうので、気になった人は本書を読んでみてください。

この戦艦の話を読んだとき、多くの方は「あっ!」みたいな感覚におそわれませんでしたか?
「始めに”こっちは灯台だ”って言えばいいのに!」みたいな話は別問題ですよ。

この「あっ!」という瞬間が、「パラダイムシフト」です。

ある事象をきっかけに、ものごとに対する考え方が瞬間的に切り替わるんです。
梃子でも動かなかった艦長は、「相手が灯台だ」と知った瞬間に、考えを変えて進路変更をした。ということです。

誤解してはいけないのは、
パラダイムシフトの前後において、正誤を問う話ではありません。
必ずしも、前後のどちらかが間違っているというわけでも正しいというわわけでもありません。

有名な“靴の営業パーソンの話”もパラダイムシフト


パラダイムシフトの事例の話でもう一つ、あまりに有名な靴の営業パーソンの話があります。

靴の商社に勤める2人の営業パーソンA,Bに、アフリカでも新規市場開拓使命が伝えられます。
赴任先のアフリカは、かなりの奥地で住む人は裸足。
靴を履く習慣はまったくない土地柄です。

赴任先から、A.Bそれぞれ本部へ報告が入ります。

営業A 「みんな靴を履いていないのです。ニーズが無いので売れるはずがありません!」

そして、営業Bも同じことを言います。
「みんな靴を履いていないのです。」

そして、続けます。
「とてつもない市場なので、売れる可能性があります!」

Aさんからすれば、Bさんの発想は、まさしく「あっ!」という体験のパラダイムシフトだったのではないでしょうか?

パラダイムシフトは「アハ体験」に似ている


茂木健一郎先生の登場で有名になった「アハ体験」がありますね。
私は、この体験こそ「パラダイムシフト」を体感する、理解する、一番身近なコトバじゃないかなと考えています。

同じものを見ているのに、ちょっと視点を変えると全く違ったものが見えてくる。
同じ事実を見ているのに、体験しているのに、感じ方・考え方・対処の仕方など、人によってまるで違います。

でも、人によって違うことを、いきなり「違う=間違っている」という方程式にしていませんか?

結果、「間違えている」という結論に導かれるかもしれませんが、そこまでのプロセスが大事です。

どうして人によって違うのか?
どう解釈しているのか?
どのような対処の方法を思いついているのか?

まず、「違いを知ってみる」ところから始めてみるのもよいです。

最後の問題~若い女性と老婆~


どちらに見えますか?
違う見え方がした人と、どう見えたか?について話してみてください。違いを理解してみてください。
私は、老婆を見るのに苦労しました。

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