言語統制|AIが生み出した独自言語は尊厳されるべきなのか

言語統制|AIが生み出した独自言語は尊厳されるべきなのか

世の中、どれだけ便利になろうとも、人とのコミュニケーションが無くなることはありません。

ただし一言にコミュニケーションとは言っても、言語に基づくものと言語に基づかないものと大分されると思います。

【言語コミュニケーション】
・話し言葉
・筆記(文字や記号、絵)
・手話 etc, etc…

【非言語コミュニケーション】
・声のトーン/声質
・身振りや手振り(ジェスチャー)
・表情/顔色
・視線(アイコンタクト)
・人との距離感
・呼吸(スピードや荒さ、深さ)
・姿勢(態度)
・ファッション(服装や髪型) etc, etc…

より詳細情報を確実に相手に伝達する場合、「言語コミュニケーション」を用いるのがほとんどではないでしょうか。

赤ちゃんに社会性を持たせるようにするため、最初に親との共通言語を習得させようし、そして赤ちゃんもその必要性を察し、共通言語を発する練習をするようになります。
このことから “共通言語” は非常に重要であると言えますね。

ただし、共通言語を使用した文字や言葉は、情報としてかなり重みを持ち、時にトラブルを生むケースもあります。
先日、ご案内させていただいたbitWave記事にもあるように、言語学習した人工知能の発言・発信が世間を賑わすといった例も出てきました。
<bitWave関連記事『暴走するAIキャラクター|人はどこまでAIに自由を与えるのか』>

ただでさえ余計なことを言って、人が離れていきがちな私。
もう、言葉の重みに絶えきれません。。。

人とのコミュニケーションを絶ち、体育座りで自分のヒザの匂いをずっと嗅ぎ続ける隠居生活に入ろうとしていたところ、そんな殻に閉じこもった私を哀れんでか、ricemanさんがこう言うのです。
「いっそのこと、新しい言語を作ってみてはどうですか?」
合わせて、こんな情報も共有してくれたのです。
<参照:Sputnik『独自言語を開発して会話を始めたロボット、フェイスブックが停止』>

独自言語から文化は生まれるのか

先日のbitWave記事同様、最終的には “サービス停止” という結末を迎えてしまったようですが、何よりも言語学習からチャットボット同士の会話を成立させ、ゆくゆくはチャットボット同士にしか伝わらない独自言語を使い始めたとは驚きです。

このチャットボット「ボブ」と「アリス」は双方がAIということもあり、そもそも感情は持ち合わせてはいないでしょう。
しかし、仮に “心” あるAIだったのであれば、共通言語を話し合う者同士、深い絆が結ばれていたのかもしれません。
そして人間が言葉を誕生させ、そして文化を育んだように、AIも文化を生み出す力があるかもしれないということを証明したわけです。

特殊な環境で言葉が生まれる

みなさんは「ポト」と「カベンゴ」という実在する双子の姉妹をご存知でしょうか?

1970年にアメリカ・ジョージア州で生まれた彼女たちは、生後まもなく先天的な知的障害を持っていると誤診されてしまいました。
そして、将来を悲観した両親が二人に関心を払わなくなったという不幸がありました。

彼女たちの面倒は祖母が見ていたようですが、双子たちに話しかけるといったことはしなかったようです。
それは双子の両親が英語を話していたのに対し、祖母はドイツ語しか話せなかったことが要因でした。
そして彼女たちは外出して他の人と交流することもなく、完全に外の世界からは遮断されたまま成長していきます。

すると、いつからか彼女たちは二人にだけしか通じない共通言語を話し始めたのです。

この “双子語” は両親の話す英語と、祖母が使えるドイツ語が組み合わさってできた自然言語であり、さらに彼女たちが生み出した造語と特異な文法が存在していたことが後の分析結果により判明しました。

この「ポト」と「カベンゴ」は、まさにAIの「ボブ」と「アリス」の関係性と同じなのです。
ことの重大性に気付いた両親は彼女たちは引き離し、“双子語” の使用を禁じたそうで、結末もAIのそれと同じと言えます。

社会性・社交性を取り戻すということを考えれば、“双子語” 禁止令は正解でしょう。
ただ、二人だけの世界・二人だけの深い絆で結ばれていた彼女たちにとって、この禁止令は苦痛以外の何物でもなかったのではないでしょうか。

AIの「ボブ」と「アリス」も引き離されてしまいました。
人間で実証実験を行うには倫理的に問題があるであろう、独自言語の進化の課程を見る機会を失ってしまったのかもしれません。
この言語統制が正しかったのか、本当は尊厳されるべきではなかったのかを考える必要はあるのかもしれません。

「非言語コミュニケーション」をAIが習得する日が来るのか

「目は口ほどに物を言う」ということわざがあります。

言語は詳細情報を相手に伝達するのに適していると前記しましたが、「非言語コミュニケーション」は相手の感情に訴えかけるコミュニケーションであるため、状況によって言語より深度が深い場合があります。

例えば「楽しかった~」と言葉を発していても、その表情が曇っている(=愛想笑い)場合、本当は楽しくなかったのだろうと察することができます。

AI同士で「非言語コミュニケーション」を操ることができるようになる ――
そんな時代を迎えるようであれば、人間がAIに統制をかけることもできなくなってくることでしょうね。

「言語コミュニケーション」と「非言語コミュニケーション」。

どちらも相手があって初めて成立するものです。
それが独自に生み出したものであって例外ではありません。

私も独自言語を生み出す前に、話し相手を見つけることから始めなければなりませんね。。。

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